桑部城跡(読み)くわべじようあと

日本歴史地名大系 「桑部城跡」の解説

桑部城跡
くわべじようあと

[現在地名]桑名市桑部

桑部の東北端の丘陵地上にある平山城跡。北側は眼下町屋まちや川が流れている。きた城と南城が堀一つ隔てて連なっている。北城は丘陵地の鼻にあり、毛利次郎左衛門が居城したが、永禄一一年(一五六八)織田信長によって滅ぼされた(布留屋草紙)。南城は大儀須若狭守の居城であった。天正元年(一五七三)一〇月八日、織田信長が東別所ひがしべつしよに着陣した際、「いさか、かよふ、赤堀、たなべ、桑部(中略)何れも人質進上候て御礼申上候」(信長公記)とあるが、この桑部が北城主か南城主かは不詳である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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