日本歴史地名大系 「桜田和泉町」の解説 桜田和泉町さくらだいずみちよう 東京都:港区旧芝区地区桜田和泉町[現在地名]港区新橋(しんばし)二丁目・西新橋(にししんばし)一丁目桜田伏見(さくらだふしみ)町の南に位置する町屋。町地は東西に分れており、東側の土地の東は兼房(けんぼう)町、佐久間(さくま)小路を隔てて南に伊予小松藩一柳家上屋敷。西側の土地の北は桜田伏見町・同鍛冶(かじ)町、西は同町、南は佐久間小路を隔てて近江宮川藩堀田家上屋敷。桜田七ヵ町の一町で、延宝年間(一六七三―八一)の図では堀端の幸(さいわい)橋と新(あたら)シ橋の中ほど、桜田鍛冶町の西隣に町名がみえる。この頃は片側町であった(沿革図書)。寛政六年(一七九四)の桜田火事によって類焼後、愛宕下(あたごした)武家地に代地を与えられた際に町地を隣接する二つの土地に分けられ、東側は兼房町と桜田伏見町が、西側は同町と桜田鍛冶町が混在するようになった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by