桜畠(読み)さくらばた

日本歴史地名大系 「桜畠」の解説

桜畠
さくらばた

[現在地名]金沢市寺町(てらまち)一丁目・同三丁目・清川町(きよかわまち)

寺町通・野田(のだ)往還東側の町。犀川崖上の上石伐(かみいしきり)町の南東に連なり、南東は長良(ながら)町に続く。往還に直交して一番丁―十番丁が並ぶ。町名は、一帯に桜木が植えられたことによるといい(金沢古蹟志)、桜のほか柿・栗・ブドウ(三壺記)、・椿(改作所旧記)なども植えられていたという。古くは石川郡泉野(いずみの)村の荒地で、小名の吹屋坂(ふきやざか)ならびに吹上(ふきあげ)・闕野(がけの)一帯をさした。桜畠一番丁から五番丁までの辺りは、元和期(一六一五―二四)に柿の木を植えた御用林で、万治三年(一六六〇)頃、三代藩主前田利常死去に伴って小松より帰還した軽卒の居屋敷地として開発された(元禄一三年「泉野村御用林調理書上」改作所旧記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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