梶江村(読み)かじえむら

日本歴史地名大系 「梶江村」の解説

梶江村
かじえむら

[現在地名]芳井町梶江

現芳井町域の南端部に位置し、東は稗原ひえはら(現井原市)、南は井原村、西は簗瀬やなせ村、北は宇戸川うとがわ村。曲流しながら南流する小田おだ川沿いに集落は発達。寛永備中国絵図では「かちゑ村」とあり、山崎家治先知で高六〇石。正保郷帳では幕府領(高三四石余)と井原陣屋の旗本池田領(高二五石余)の相給。相給は幕末まで続いたと考えられ、元禄郷帳では西江原藩領と旗本池田領(前出池田家の分家)、「備中村鑑」では同家領と三卿の一橋領の相給となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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