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森一鳳 もり いっぽう

美術人名辞典の解説

森一鳳

江戸後期の円山派の画家。大坂生。名は敬之、字は子交・子孝、通称は文平。森徹山に師事し、のち養子となり森派を継ぎ、大坂画壇で活躍。山水・人物・花鳥を得意とした。また、肥後熊本藩主細川家に仕えた。明治4年(1871)歿、74才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

森一鳳 もり-いっぽう

1798-1872* 江戸時代後期の画家。
寛政10年生まれ。大坂で円山派の森徹山(てつざん)にまなび,その養子となる。兄弟弟子に森寛斎。肥後熊本藩につかえた。藻苅(もかり)舟の画題で知られ商家の注文がおおく,「藻を苅る一鳳(もうかる一方)」といわれた。明治4年11月21日死去。74歳。播磨(はりま)(兵庫県)出身。名は敬之。字(あざな)は子交。通称は文平。

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朝日日本歴史人物事典の解説

森一鳳

没年:明治4.11.21(1872.1.1)
生年:寛政10(1798)
幕末・明治初期の画家。大坂の人。名は敬之,字は子交,通称文平。円山応挙門下の森徹山の養子となり,画法を養父から学んだ。人物花鳥を巧みに描く。その藻刈船図は「もおかるいっぽう」として大坂商人に人気があった。安政の御所造営に参加,御涼所御取合の間に松図を描いた。75歳で没し,大坂の西福寺に葬られた。<参考文献>『古美術』49号(特集・森派),大阪市立美術館近世大坂画壇

(河野元昭)

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世界大百科事典内の森一鳳の言及

【森狙仙】より

…江戸後期の大坂画壇を代表する画家の一人。名は守象,初め祖仙と号した。父,2人の兄とも画家という恵まれた環境に育った。初め狩野派の画家に学んだが,写生に立脚した平明な画風をひらいた円山応挙の影響を受け,身近な動物を得意とした。特に精細な描写に擬人化したユーモアを感じさせる猿の絵が名高い。次兄周峯の子で応挙に師事した徹山(1775‐1841)を養子に迎えて後継者とし,さらに徹山門下に一鳳(1797‐1851),寛斎(1814‐94)が出て森派を形成した。…

※「森一鳳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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