森茂雄(読み)モリシゲオ

デジタル大辞泉 「森茂雄」の意味・読み・例文・類語

もり‐しげお〔‐しげを〕【森茂雄】

[1906~1977]野球選手・監督愛媛の生まれ。早大卒業後、母校松山商業野球部の監督となり、昭和10年(1935)の夏の甲子園優勝。翌年大阪タイガース(阪神前身)初代監督に就任。のちイーグルス監督を経て大洋横浜DeNAの前身)球団代表を務めた。

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20世紀日本人名事典 「森茂雄」の解説

森 茂雄
モリ シゲオ

昭和期のプロ野球監督



生年
明治39(1906)年3月18日

没年
昭和52(1977)年6月24日

出身地
愛媛県松山市萱町

学歴〔年〕
早稲田大学〔昭和6年〕卒

経歴
松山商業在学中は連続4回全国中等大会出場、早大時代は主将として活躍し2回優勝。昭和6年東京クラブに入り、同年と8年の都市対抗で優勝、10年夏には母校松山商業のベンチコーチとして全国優勝を果たす。11年大阪タイガースの初代監督となるが、総監督就任問題で退団、12年より3年間イーグルス監督を務める。戦後は母校早大監督として9回優勝。33年より大洋球団社長、48年より川崎球場社長。52年殿堂入り。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「森茂雄」の解説

森茂雄 もり-しげお

1906-1977 昭和時代の野球選手,監督。
明治39年3月18日生まれ。松山商業,早大で内野手。昭和10年夏,松山商業の監督として全国優勝。11年大阪タイガース初代監督,12年イーグルス監督。22年早大監督となり優勝9回。のち大洋球団代表をながくつとめた。52年野球殿堂入り。昭和52年6月24日死去。71歳。愛媛県出身。

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