椎峰古窯跡(読み)しいのみねこようあと

日本歴史地名大系 「椎峰古窯跡」の解説

椎峰古窯跡
しいのみねこようあと

[現在地名]伊万里市南波多町府招

松浦川の支流徳須恵(とくすえ)川の上流に、標高一〇〇メートル台の丘陵が樹枝状に浸食されている。周辺の小字名に古椎峰(こじのみね)・椎峰山(しいのみねやま)・伊万里道(いまりみち)などがある。窯跡は、この谷間の標高六〇―七〇メートルの傾斜面にあり、仏谷(ほとけだに)・葭谷(よしのたに)と、その中間の中村(なかむら)、天満(てんまん)神社近くの古椎峰の四ヵ所に、約五〇メートル間隔で散在している。

享保五年(一七二〇)の中里家五代喜平次の記録に次のようにある。

<資料は省略されています>

唐津領内の陶工は、藩命によったのか、陶土・釉の入手のためか、元和初年頃に椎峰に集まっている。仏谷には上多々良(かみたたら)窯があり、中村には中多々良窯があり、葭谷には下多々良窯がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報