椎峰古窯跡(読み)しいのみねこようあと

日本歴史地名大系 「椎峰古窯跡」の解説

椎峰古窯跡
しいのみねこようあと

[現在地名]伊万里市南波多町府招

松浦川の支流徳須恵とくすえ川の上流に、標高一〇〇メートル台の丘陵が樹枝状に浸食されている。周辺の小字名に古椎峰こじのみね椎峰山しいのみねやま伊万里道いまりみちなどがある。窯跡は、この谷間の標高六〇―七〇メートルの傾斜面にあり、仏谷ほとけだに葭谷よしのたにと、その中間の中村なかむら天満てんまん神社近くの古椎峰の四ヵ所に、約五〇メートル間隔で散在している。

享保五年(一七二〇)の中里家五代喜平次の記録に次のようにある。

<資料は省略されています>

唐津領内の陶工は、藩命によったのか、陶土・釉の入手のためか、元和初年頃に椎峰に集まっている。仏谷には上多々良かみたたら窯があり、中村には中多々良窯があり、葭谷には下多々良窯がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む