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椿庭海寿 ちんてい かいじゅ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

椿庭海寿 ちんてい-かいじゅ

1318-1401 南北朝-室町時代の僧。
文保(ぶんぽ)2年生まれ。臨済(りんざい)宗。竺仙梵僊(じくせん-ぼんせん)の法をつぐ。観応(かんのう)元=正平(しょうへい)5年元(げん)(中国)にわたり,了庵清欲,月江正印らにまなぶ。23年間滞在し明(みん)(中国)の太祖から厚遇された。応安5=文中元年帰国し,円覚寺,天竜寺,南禅寺の住持となった。応永8年閏(うるう)1月12日死去。84歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。号は木杯道人。著作に「伝灯録鈔」など。

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世界大百科事典内の椿庭海寿の言及

【留学】より

…しかし,1299年(正安1)に一山一寧(いつさんいちねい)が元の国使として来朝したころから,日中両国間の往来もようやく活況をとりもどすようになり,14世紀初頭に竜山徳見が留学したのをはじめとして,1326年(嘉暦1)の40人,44年(興国5∥康永3)の数十人,51年(正平6∥観応2)の18人などの集団留学もあって,こののち明初にかけて約70年間ほどは,日本の留学僧の往来がもっとも盛んな時期であった。彼らは各地の名僧をたずねて,熱心に参禅修行をつみ,しかも,46年にわたって留学生活を送った竜山徳見を筆頭に,30余年の約庵徳久,24年の無涯仁浩,23年の椿庭海寿,22年の雪村友梅,21年の復庵宗己,古源邵元,古鏡明千,20年の無我省吾,17年の友山士偲,15年の大拙祖応などのように,きわめて長期間にわたって本格的に大陸禅を学んだものが多かった。その結果,留学僧たちのなかにはその業績を認められて,たとえば,北京に大覚寺を開いた東洲至道,長安の翠微寺に住した雪村友梅,洪州隆興府の兜率寺に住した竜山徳見,秀州嘉興府の円通寺に住した約庵徳久,鄞(ぎん)県の福昌寺に住した椿庭海寿,羅陽の三峰寺に住した大初啓原などのように,大陸の名刹の住持などの要職を勤めたものも少なくない。…

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