ウワディスワフ2世ヤギェウォ(読み)ウワディスワフにせいヤギェウォ(その他表記)Władysław II Jagiełło

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ウワディスワフ2世ヤギェウォ
ウワディスワフにせいヤギェウォ
Władysław II Jagiełło

[生]1351
[没]1434.6.1. グルデクヤギェロンスキ
ポーランド王 (在位 1386~1434) 。ヤギェウォ朝開祖リトアニア (リトワ) 大公アルギルダスの子。リトアニア名ヨガイラ。父の死後公位争いに勝利を得て,リトアニア大公 (在位 1377~1401) となる。強力な支配者を欲したポーランド貴族からキリスト教入信を条件に王位を提供され,クレウォの協定 (1386) を結んで,女王ヤドウィガと結婚,ウワディスワフ2世を名のった。 1399年ヤドウィガが死去し,1401年いとこビタウタスにリトアニア大公位を譲ったのち,初めてポーランドの統治者として手腕を発揮した。外交においては,10年ビタウタスと結んでグルンワルト (タンネンベルク) の戦いでドイツ騎士団を撃破,13年リトアニアとホロドレ協定を結び,両国統一の基礎をつくった。またタタール人の進出を阻止し,ハンガリーに対抗してルテニアモルドバに影響力を行使した。内政においてはリトアニアのキリスト教化を推進するとともに,フス教徒のポーランドにおける布教を禁止した。またクラクフ学院 (のちの大学) を復活 (1400) 。晩年嗣子の王位継承権を確保するため貴族に多く特権を譲歩した。

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