楮祖神社(読み)ちよそじんじや

日本歴史地名大系 「楮祖神社」の解説

楮祖神社
ちよそじんじや

[現在地名]本郷村大字波野 波野原

波野原の上城はのばらのうえじようにある河内こうち神社境内に末社として祀られる。元禄二年(一六八九)中内右馬允通治の霊を祀って葛密祖神社と号した。その由緒は「注進案」に詳しいが、「神社明細書」によれば、弘治年中(一五五五―五八)伊予河野四郎の一族中内右馬丞なる者が当地に来り、山野を開いた。しかし山代やましろの里は山深く風も寒く、里人が渡世に苦しむのをみて、よい生業を求めていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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