楯岡山古墳群(読み)たておかやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「楯岡山古墳群」の解説

楯岡山古墳群
たておかやまこふんぐん

[現在地名]曾爾村大字小長尾

楯岡山が曾爾川に傾斜する尾根の端部にある三基の円墳。古くから塚穴とよび、仁徳天皇に追われた女鳥王女が速総別王とこの地まで逃れ、ついに殺害されて葬られたとの伝承がある。しかし当初から三基が築かれ、それぞれが後期古墳とみられるので、伝承をそのまま信ずることはできない。

古墳は同一の尾根上に北東から南西へ順次一号・二号・三号墳と並ぶ。一号・二号墳とも直径一五メートル程度で、横穴式石室を主体とするらしいが、破壊されて石材盗掘坑に露出している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む