極楽寺ノ町(読み)ごくらくじのちよう

日本歴史地名大系 「極楽寺ノ町」の解説

極楽寺ノ町
ごくらくじのちよう

[現在地名]中央区天神てんじん四丁目

南北に走る鍛冶かじ町の東に位置し、東西に延びる両側町武家町で、南は橋口はしぐち町。町の北側に浄土宗極楽寺がある(福岡博多近隣古図)。「筑陽記」は「士屋敷なり」と記す。「続風土記拾遺」は極楽寺を鍛冶町の内とし、「続風土記」が同寺の存在が当町の名の由来と記すことから、当初は鍛冶町に含まれていたとみられる。元禄三年(一六九〇)年行司尾村甚左衛門を親兄弟の敵とする三名が「橋口天神」付近で甚左衛門を切り殺したため、「極楽寺町」の合田氏に引取られ、のち入牢・遠島となっている(津要録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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