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横山安武 よこやま やすたけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

横山安武 よこやま-やすたけ

1843-1870 幕末-明治時代の武士。
天保(てんぽう)14年1月1日生まれ。森有礼(ありのり)の兄。薩摩(さつま)鹿児島藩士。島津久光の子悦之助の補導役となる。のち京都で陽明学をまなぶ。明治3年7月27日東京集議院門前に征韓論議反対論の「時弊十条」の建白書をかかげ割腹した。28歳。本姓は森。通称は喜三次,元四郎,正太郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

横山安武

没年:明治3.7.27(1870.8.23)
生年:天保14.1.1(1843.1.30)
幕末維新期の儒学者,森有礼の兄。通称正太郎。薩摩(鹿児島)藩士森有恕の4男に生まれ,15歳で藩儒横山安容の後嗣となる。小姓としてそば近く藩主に仕え,次いで島津久光の5子悦之助の守役となる。明治1(1868)年5月,悦之助に従い佐賀,山口へ遊学。同3年2月,長州藩諸隊脱隊兵による反乱事件を報告するため無断で帰藩し,守役を免ぜられる。同5月上京して陽明学を講究,その実践的精神に深い感銘を受け,時の政府弾劾を決意する。6月東京に赴き,7月26日夜,時弊10条並びに征韓の非を論じた建白書を竹頭に挟んで集議院の門扉に掲げ,その場で割腹して果てた。年28。西郷隆盛はその死を惜しみ,自ら筆をとって碑文を書いた。<参考文献>河野辰三『横山安武伝記並遺稿』

(犬塚孝明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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