横島入江新田
よこしまいりえしんでん
[現在地名]笠岡市入江
横島村の東にあり、東は浜中村(現浅口郡里庄町)、西大島新田、南は海路を隔てて神島内浦。入江新田とも略称された。享保年間(一七一六―三六)に今立川河口の入江を干拓した町人請新田で、それまでは南北三〇〇メートル・東西四〇〇メートルの小島や大殿州などの島々が点在、大殿州には縄文時代から近世に至る複合遺跡があり、古墳時代後期の師楽式土器も出土した。
今立川の河口は一七世紀、富岡新田・横島新田の開発によって土砂の堆積が著しく、正徳三年(一七一三)には本堀村(現小田郡矢掛町)出身の鳥越新兵衛らを開発請負者として、大坂町人の資金を背景に開発が出願された。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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