横川合戦場(読み)よこがわかつせんじよう

日本歴史地名大系 「横川合戦場」の解説

横川合戦場
よこがわかつせんじよう

[現在地名]安佐北区可部町下町屋

高松たかまつ山の西北根谷ねのたに川と南原なばら川が合流する付近の北側にあり、天文二年(一五三三)八月一〇日、高松城主熊谷氏と、銀山かなやま(跡地は現安佐南区)城主武田氏との戦場となった。当時熊谷信直は、大内義隆の下にあって勢力を拡大しつつあった毛利元就に近づき、武田光和から離反しようとしていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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