横手山内村(読み)よこてさんないむら

日本歴史地名大系 「横手山内村」の解説

横手山内村
よこてさんないむら

旭(あさひ)川(現横手川)の本支流に沿う山あいで、現山内村の地域一帯をさし、山内村(梅津政景日記)、横手山内郷(雪の出羽路)ともいう。

「梅津政景日記」元和六年(一六二〇)三月二五日条に「濃州代官所山内村」とあり、一円須田美濃守の給地であった。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には土淵(つちぶち)・大松川(おおまつかわ)・平野沢(ひらのさわ)・筏(いかだ)・南郷(なんごう)・上黒川(かみくろかわ)の名が記され、小松川(こまつかわ)・三又(みつまた)・丹波(たんば)は記されない。宝永二年(一七〇五)の平鹿郡村々御黒印高帳(秋田県庁蔵)に至って土淵村・平野沢村・筏村・南郷村・三つ亦(みつまた)村・黒沢(くろさわ)村・小松川村・大松川村・丹波村の九ヵ村となり、享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」では山内村は九ヵ村の総称名で土淵村に肝煎一人を置くとある。菅江真澄は「雪の出羽路」に土淵・平野沢・筏邑・南江・三又・黒沢・小松川・大松川・丹波開の九ヵ村を横手山内とし、家数五四〇戸、人数三千六一九人、その他座当坊三人、馬五九五匹、牛四六匹と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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