日本歴史地名大系 「三又村」の解説
三又村
みつまたむら
現横手市の
とみえる。小笠原義冬は三又城主であったとも伝えられ、小笠原一族との深い関係が知られる。
正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に三ッ又村三九二石とある。享保一四年(一七二九)の雄勝郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)に正保の差上高帳では三又村、そのほかの諸帳では三ッ又村と記すとある。
宝永二年(一七〇五)の雄勝郡村々御黒印高牒(秋田県庁蔵)によれば高は本田三七九石五斗九升一合、新田四九二石五斗五升九合、合計八七二石一斗五升(当高八〇五石二斗二升三合)。
三又村
みつまたむら
三又村
みまたむら
三又村
みつまたむら
三又村
みつまたむら
三又村
みまたむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報