横関橋(読み)よこぜきばし

日本歴史地名大系 「横関橋」の解説

横関橋
よこぜきばし

[現在地名]近江八幡市東横関町、蒲生郡竜王町西横関

江戸時代、東横関村と西横関村(現竜王町)の境を北流する日野川(横関川)の中山道に架けられた橋。常設ではなく普段は両岸の東・西両横関村に渡船が準備されていた。しかし皇族・門跡・将軍家・親藩大名などの通行時に限り、京都町奉行所の管理下に臨時に架橋された。享保一六年(一七三一)の比宮(伏見宮邦永親王女)の降嫁にあたっての架橋では野洲(やす)郡の安治(あわじ)村・堤(つつみ)村・六条(ろくじよう)村・吉川(よしかわ)村・比江(ひえ)村・須原(すはら)村(現中主町)、立花(たちばな)村・幸津川(さづかわ)村(現守山市)、小南(こみなみ)村・桜生(さくらばさま)村(現野洲郡野洲町)、野(の)村・小田(おだ)村と神崎郡伊庭(いば)村(現能登川町)の一三ヵ村が夫役とされ、橋掛役高計一万二千九三九石余の負担。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報