橋橘町(読み)はしたちばなちよう

日本歴史地名大系 「橋橘町」の解説

橋橘町
はしたちばなちよう

下京区堀川通松原下ル

南北に通る堀川ほりかわ(旧堀川小路)に西面する片側町であるが、現在町の大部分は堀川通上ルである。

平安京の条坊では左京六条二坊四保九町西側、平安中期以降は樋口堀川小路北にあたる。当町北側には、延喜一四年(九一四)意見封事一二ヵ条を提出して律令制再編強化を訴えたことで知られる平安前期の官人・学者、三善清行邸宅があったという。「今昔物語集」巻二七(三善清行ノ宰相ノ家渡ノ語)には、「五条堀川ノほとりあばれタルふるき家有ケリ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む