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橘氏公 たちばなの うじきみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橘氏公 たちばなの-うじきみ

783-848* 平安時代前期の公卿(くぎょう)。
延暦(えんりゃく)2年生まれ。橘清友の子。嵯峨(さが)天皇の皇后橘嘉智子(かちこ)の兄(薨伝(こうでん)では弟)。天長10年右近衛(うこんえの)大将,同年参議となり,承和(じょうわ)11年右大臣,翌年従二位。承和14年12月19日死去。65歳。死後従一位をおくられる。通称は井手右大臣。

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朝日日本歴史人物事典の解説

橘氏公

没年:承和14.12.19(848.1.28)
生年:延暦2(783)
平安前期の公卿。清友と粟田小松泉子の子。奈良麻呂の孫。嵯峨天皇皇后橘嘉智子は姉。弘仁6(815)年1月従五位下。以後,右衛門督,右近衛中将などに任じられる一方,蔵人頭として嵯峨天皇に重んじられた。承和11(844)年7月右大臣となったが,このころから病気がちで家にひきこもり政治にはタッチしなかった。薨伝に「太后弟(たること)をもってこの顕要を歴る」とあるように,才能よりも姉の存在に負うところが大きかったようだ。嘉智子と共に橘氏の子弟の勉学施設として学館院を設立したことでも知られる。

(瀧浪貞子)

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世界大百科事典内の橘氏公の言及

【学館院】より

…学官院,学宦院とも記す。檀林皇后橘嘉智子が弟の右大臣橘氏公(うじきみ)とはかって建てたもので,一族の大学生の寄宿勉学のために,承和年間(834‐848)の末年ごろ設立したと思われる。場所は右京二条西大宮辺であったというが,その規模や活動の状況は不明である。…

※「橘氏公」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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