朝日日本歴史人物事典 「正岡芸陽」の解説
正岡芸陽
生年:明治14.9.5(1881)
明治時代の評論家,ジャーナリスト。広島県生まれ。本名猶一。13歳のときにキリスト教の信仰に入る。青山学院に学び,明治32(1899)年,雑誌『新声』の同人となる。このころより,『嗚呼売淫国』『人道之戦士 田中正造』『裸体の日本』などの著作を発表し注目を集めた。36年『新声』の主筆となった。38年『やまと新聞』からポーツマス講和会議に特派された。40年,吉弘白眼の『大阪日報』の主筆となった。一貫して人道主義の立場から社会批判を行った。<著作>「明治社会主義文学集2」(『明治文学全集』84巻)
(井川充雄)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報