正津川村(読み)しようづがわむら

日本歴史地名大系 「正津川村」の解説

正津川村
しようづがわむら

[現在地名]大畑町正津川

恐(おそれ)山の火口湖宇曾利山(うそりやま)湖に発し、北東流して津軽海峡に注ぐ正津川の河口付近に位置する。北は大畑村、南東は烏沢(からすざわ)(現むつ市)と接する。康正年間(一四五五―五七)の蠣崎の乱の頃は「妾塚」と称したというが(東北太平記)、委細不明。

天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付に村名がみえ、寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」には高一〇九・五石余、うち畑六一・二石余とある。戸口は五六軒・二四九人。享和三年(一八〇三)の仮名付帳では家数七二、うち支村関根橋(せきねばし)二三。田名部(たなぶ)通に属する。

寛文七年(一六六七)難船救助などの高札が立てられている(御領分高札集)。嘉永三年(一八五〇)の「東奥沿海日誌」には「一条の町屋の如くつづき人家百軒斗。小商人。農人。松前稼のものニて至て富り」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む