正清院殿墓(読み)しようせいいんどのはか

日本歴史地名大系 「正清院殿墓」の解説

正清院殿墓
しようせいいんどのはか

もと鍛冶屋町にあったが、寺が現在地に移転した際墓も移転した。正清院は徳川家康の娘で、蒲生秀行の室。その娘は徳川秀忠仲介加藤忠広に嫁いでいる。元和三年(一六一七)死去。鍛冶屋町の古往生院境内には五輪塔、石の玉垣があって、塔銘に「正清院殿英誉果悦善芳大姉」と記されていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 細川氏 菩提

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む