正清院殿墓(読み)しようせいいんどのはか

日本歴史地名大系 「正清院殿墓」の解説

正清院殿墓
しようせいいんどのはか

もと鍛冶屋町にあったが、寺が現在地に移転した際墓も移転した。正清院は徳川家康の娘で、蒲生秀行の室。その娘は徳川秀忠仲介加藤忠広に嫁いでいる。元和三年(一六一七)死去。鍛冶屋町の古往生院境内には五輪塔、石の玉垣があって、塔銘に「正清院殿英誉果悦善芳大姉」と記されていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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