朝日日本歴史人物事典 「武者小路実陰」の解説
武者小路実陰
生年:寛文1.11.1(1661.12.22)
江戸中期の歌人。30日没とするのは発喪の日をいうか。西郊実信の子。武者小路公種の養嗣となる。従一位准大臣。三条西実条の血を引く実陰は若年から歌才に富み,霊元上皇の大きな期待を受けて精進,上皇をして人麻呂,貫之,定家,三条西実隆と比肩せしむるほどの高い評価を得た。霊元院歌壇の重鎮として中院通茂,清水谷実業と共に活躍した。晩年は桜町天皇を指導した。家集『芳雲集』,歌論『初学考鑑』,門人似雲の聞書『詞林拾葉』がある。<参考文献>鈴木淳「武者小路家の人々」(『近世堂上和歌論集』)
(久保田啓一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報