コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

上島鬼貫 うえじま おにつら

美術人名辞典の解説

上島鬼貫

江戸中期の俳人。名は宗邇、通称は与惣兵衛門・利左衛門、別名を槿花翁・仏兄。幼児より俳句に親しみ、西山宗因の席に列なる。のち、世風の俳諧を脱却し「まことの外に俳諧なし」の悟りを得た。作為のない自然で素朴な俳風といわれる。元文3年(1738)歿、78才。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

上島鬼貫【うえじまおにつら】

鬼貫

上島鬼貫【かみじまおにつら】

鬼貫

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上島鬼貫 うえじま-おにつら

1661-1738 江戸時代前期-中期の俳人。
万治(まんじ)4年4月4日生まれ。松江重頼,ついで西山宗因にまなぶ。禅の影響をうけた素朴な俳風を特色とした。小西来山のほか,蕉門の各務(かがみ)支考,広瀬惟然らとも交わりがあった。元文3年8月2日死去。78歳。摂津伊丹(兵庫県)出身。名は宗邇。別号に囉々哩,犬居士,槿花翁。著作に「ひとりごと」「大悟物狂」「仏兄(さとえ)七久留万」など。
【格言など】句を作るにすがた詞(ことば)をのみ工(たく)みにすればまことすくなし(「ひとりごと」)

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

大辞林 第三版の解説

うえじまおにつら【上島鬼貫】

〔姓は「かみじま」とも〕 (1661~1738) 江戸中期の俳人。伊丹の人。晩年、平泉と改姓。名、宗邇むねちか。別号を仏兄さとえ・槿花翁など。松江重頼門や談林派を経て伊丹風、のち「まことの外に俳諧なし」と大悟する。句風は洒脱で率直。著「犬居士」「独言ひとりごと」「仏の兄」など。

かみじまおにつら【上島鬼貫】

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

上島鬼貫
うえじまおにつら

[生]寛文1(1661).摂津,伊丹
[没]元文3(1738).8.2. 大坂
江戸時代中期の俳人。名,宗邇 (むねちか) 。通称,与惣兵衛。別号,点也,犬居士,仏兄 (さとえ) ,槿花 (きんか) 翁など。晩年平泉氏を称す。伊丹の酒造家油屋の一族宗春の子。酒の町伊丹は文芸,風流が盛んで,鬼貫も8歳で「来い来いといへど蛍が飛んで行く」と詠んだ。松江重頼や西山宗因を敬慕し,大坂へ出て修業,貞享2 (1685) 年「誠のほかに俳諧なし」と悟り,元禄3 (90) 年『大悟物狂 (たいごものぐるい) 』で実作の面でも完成の域に達した。享保3 (1718) 年『独言 (ひとりごと) 』にすぐれた俳諧観を示したが,以後は衰えた。芭蕉と前後して真の詩に開眼した点に価値がある。句風は口語などを駆使して率直。編著はほかに『犬居士』 (1690) ,『仏兄七久留万 (ななくるま) 』 (1728) など。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

上島鬼貫
うえじまおにつら

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の上島鬼貫の言及

【鬼貫】より

…江戸前期の俳人。姓は上島(本姓藤原,晩年は平泉),幼名竹松,長じて利左衛門宗邇(むねちか)。通称は与惣兵衛。囉々哩(ららり)・馬楽童・槿花翁などの別号がある。伊丹の酒造家油屋の上島宗春の三男。少年のころから俳諧を好み,維舟・宗旦・季吟・宗因らに批評を請い,会席に列して指導を受けた。初入集は1676年(延宝4)の維舟撰《武蔵野》。翌々年《当流籠抜(とうりゆうかごぬけ)》に伊丹派の五吟五百韻を発表し,古風俳人から〈狂乱体〉と難ぜられた。…

※「上島鬼貫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

不義理

[名・形動]1 義理を欠くこと。また、そのさま。「多忙でつい不義理になる」2 人から借りた金や物を返さないでいること。「茶屋への―と無心の請求」〈逍遥・当世書生気質〉...

続きを読む

コトバンク for iPhone

上島鬼貫の関連情報