毛利高標 もうり-たかすえ
1755-1801 江戸時代中期-後期の大名。
宝暦5年生まれ。毛利高丘(たかおか)の次男。宝暦10年(1760)豊後(ぶんご)(大分県)佐伯(さいき)藩主毛利家8代となる。金銀山を開発,製紙・製蝋(ろう)など新産業をおこし,また藩校四教(しこう)堂をひらく。蔵書家で天明元年(1781)佐伯文庫を建設,書籍8万巻を収蔵した。享和元年8月7日死去。47歳。字(あざな)は培松。号は霞山。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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