毛木村(読み)けぎむら

日本歴史地名大系 「毛木村」の解説

毛木村
けぎむら

[現在地名]安佐北区安佐あさ町毛木

太田おおた川が村の東境を南流し、やがて東へ方向を変える。西は久地くち村、東南は後山うしろやま村と境を接する。太田川対岸は高宮たかみや飯室いむろ村と勝木かつぎ村。東南に権現ごんげん(四四五・五メートル)西南高八たかはち山があり、その間に開ける谷間に集落がある。鎌倉中期と推定される安芸国衙領注進状(田所文書)に「阿土毛木村三丁四反大」がみえ、不輸免三丁二反(一宮御読経免・無量寿院免・公廨田・倍従免)と応輸田二反大からなる。後の沼田ぬまた阿戸あと(現安佐南区)と当村を併せて阿土毛木村と呼称していると考えられ、国衙領であった。

元和五年(一六一九)の安芸国知行帳は「けき村」と記し、二七三石三斗、「芸藩通志」では三三五石六斗。広島藩蔵入地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む