気田村(読み)けたむら

日本歴史地名大系 「気田村」の解説

気田村
けたむら

[現在地名]春野町気田

平木ひらき村の北、南流する気田川と東から注ぎ込む支流すぎ川の合流地点の小盆地に位置する。気田川右岸に中心村落、左岸の合流地点には金川きんがわ、気田本村の上流郷島ごうじま下流仇山あだやまという小集落がある。現もり三倉蔵泉みくらぞうせん寺蔵の大般若経巻三一には至徳元年(一三八四)五月一五日「遠州気多郷円満寺」で書写の奥書がある。江戸初期から幕府領、宝暦一三年(一七六三)以後掛川藩領(「春野町史」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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