水野代官所跡(読み)みずのだいかんしよあと

日本歴史地名大系 「水野代官所跡」の解説

水野代官所跡
みずのだいかんしよあと

[現在地名]瀬戸市中水野町

天明元年(一七八一)大代官の下に設けられ、陣屋ともいった。時期により多少範囲に変化があったが、愛知・春日井と美濃国可児かにの三郡(ただし、全域ではない)を管轄した。文政(一八一八―三〇)頃は、一〇九ヵ村六万一千三五七石余を所轄

代官(役高七五俵)、手代四、同心八。各地に番人を配置して、給知・蔵入・寺社領にわたって、収税・訴訟・土木追捕などを処理した。初代代官は林奉行水野正恭が兼帯、二代以降は藩より派遣された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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