愛知県北西部にある市。名古屋市の北東部に隣接し、高蔵寺(こうぞうじ)ニュータウンがある。1943年(昭和18)陸軍工廠(こうしょう)の設置を契機として、鳥居松(とりいまつ)、鷹来(たかき)、篠木(しのき)の3村と勝川(かちがわ)町が合併して市制施行し、春日井市となったが、第二次世界大戦後に陸軍工廠の廃止によって人口が激減した。1958年(昭和33)坂下、高蔵寺の2町を編入。2001年(平成13)特例市に移行(2015年施行時特例市に名称変更)。地勢は尾張(おわり)丘陵と濃尾(のうび)平野の接点にあって東高西低の地形で、庄内川(しょうないがわ)右岸の段丘上に市街地の勝川、鳥居松、高蔵寺がある。南部を東西にJR中央本線が通じ、愛知環状鉄道を分岐する。西部に名古屋鉄道小牧(こまき)線、東海交通事業の城北線も通じている。また、国道19号、155号、302号が通じ、東名高速道路春日井インターチェンジ、名古屋第二環状自動車道勝川インターチェンジ、松河戸(まつかわど)インターチェンジがある。縄文・弥生(やよい)の遺跡、古墳、条里制遺構、江戸時代の新田村も多い。交通路では木曽(きそ)―名古屋間を結ぶ下(した)街道も通じていた。
第二次世界大戦中、陸軍工廠ができ兵器生産の拠点であったが、戦後は王子製紙工場と名城大学の一部が立地した。工業は製紙のほかに電機工業などの工場が集中している。モモを中心とした果樹栽培が盛んで、園芸農業はサボテン栽培が有名。1961年に当時わが国最大の高蔵寺ニュータウンが建設され、住宅都市となった。1964年には中部大学が開学している。文化財も多く、国指定重要文化財としては密蔵院(みつぞういん)の多宝塔、木造薬師如来(やくしにょらい)立像。国指定史跡の二子山(ふたごやま)古墳があり、そのほか平安朝時代の三蹟(さんせき)の一人小野道風(おののとうふう)の道風記念館、小木田(おぎた)の棒の手(県指定無形民俗文化財)がある。面積92.78平方キロメートル、人口30万8681(2020)。
[伊藤郷平]
『『春日井史料叢書』全2冊(1958、1959・春日井市)』▽『『春日井市史』全13冊(1963~1994・春日井市)』
愛知県北西部,名古屋市の北東に接する市。庄内川の北西岸に位置し,背後に尾張丘陵がひかえる。1943年勝川町と鳥居松,篠木,鷹来の3村が合体,春日井市として市制を施行した。人口30万5569(2010)。原始,古代の遺跡が多く,二子山古墳は国の史跡として有名。条里制の遺構は松河戸,中切,下条付近にみられる。中世にこの地域は春日部東条と総称され,醍醐寺領安食(あじき)荘,八条院領柏井荘,長講堂領篠木荘などがあった。近世には下街道(善光寺街道)沿いの勝川,鳥居松,内津(うつつ)村などは宿場として栄え,平野部は入鹿(いるか)用水(1633),新木津(しんこつつ)用水(1664)の導入による新田開発が行われた。1939年に鳥居松,鷹来に陸軍工厰が設けられ軍需都市として出発,51年の王子製紙誘致以降は内陸工業都市として発展した。名古屋市のベッドタウンで,68年の高蔵寺ニュータウンの入居開始以後は急速な都市化が進んだ。JR中央本線,名鉄小牧線が通じ,東名高速道路,東名阪自動車道のインターチェンジがある。東部の丘陵地は愛知高原国定公園に指定,東海自然歩道が通る。小野道風の誕生地とされる松河戸に小野社がある。
執筆者:溝口 常俊
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