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水野忠善 みずの ただよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

水野忠善 みずの-ただよし

1612-1676 江戸時代前期の大名。
慶長17年生まれ。水野忠元の長男。元和(げんな)6年(1620)下総(しもうさ)山川藩(茨城県)藩主水野家2代。駿河(するが)(静岡県)田中藩,三河(愛知県)吉田藩をへて,正保(しょうほ)2年(1645)三河岡崎藩主水野家初代となる。5万石。徳川家譜代を自負し,武備のため増税。これをいさめた長男の忠春を廃嫡(はいちゃく)した。延宝4年8月29日死去。65歳。

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世界大百科事典内の水野忠善の言及

【岡崎藩】より

…康重は領内検地を実施,天守閣を築き,城下町の整備につとめるなど藩政の成立に努力した。康重のあと康紀,忠利とつづき,45年(正保2)利長のとき遠江国横須賀に移され,水野忠善が三河国吉田から5万石で入封した。忠善は性剛毅,武勇を好み,新しく家臣を召し抱えて軍備の強化をはかり,新田を開発するなど藩政の確立につとめた。…

【三河国】より


[藩政]
 初期の大名はいずれも藩政の確立に努力した。最初吉田藩,のち岡崎藩主となった水野忠善(ただよし)は,家康に仕えた三河以来の歴戦の勇士で譜代意識が強く,鬼監物と呼ばれて数々の逸話の持主である。中期以降は藩財政の困窮もあってその再建が試みられたが,なかでは岡崎藩の水野忠辰(ただとき)による藩政改革の試みと田原藩での渡辺崋山の活躍が注目される。…

※「水野忠善」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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