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永超 えいちょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

永超 えいちょう

1014-1096* 平安時代中期-後期の僧。
長和3年生まれ。興福寺の主恩に法相(ほっそう)と唯識(ゆいしき)をまなぶ。康平2年維摩会(ゆいまえ)講師。のち興福寺の子院斉恩寺にうつる。寛治(かんじ)6年権(ごんの)大僧都。嘉保(かほう)元年法隆寺の別当となった。仏典目録「東域伝灯目録」の編者として知られる。嘉保2年12月29日死去。82歳。京都出身。俗姓は橘。

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朝日日本歴史人物事典の解説

永超

没年:嘉保2.12.29(1096.1.27)
生年:長和3(1014)
平安中・後期の学僧。京都の人。出雲守橘俊孝の子。興福寺主恩に従い法相宗を学ぶ。一説に比叡山から興福寺に移ったという。南都の三会(維摩会,御斎会,最勝会)の講師を勤めた(已講といった)労により,承保1(1074)年に権律師となり,のちに権大僧都に進んだ。興福寺子院の斉恩寺に住み,法勝寺金堂供僧,法隆寺別当を勤めた。寛治8(1093)年に選述した『東域伝燈目録』は,興福寺はじめ諸寺院の所蔵した仏典目録として有名である。弟子に湛秀がいる。魚肉を好んで食したといわれる。<参考文献>井上光貞『日本古代思想史の研究』

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の永超の言及

【東域伝灯目録】より

…平安時代の仏教図書目録。編者は興福寺の永超(1014‐95)。1094年(嘉保1)成立。…

※「永超」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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