朝日日本歴史人物事典 「永超」の解説
永超
生年:長和3(1014)
平安中・後期の学僧。京都の人。出雲守橘俊孝の子。興福寺主恩に従い法相宗を学ぶ。一説に比叡山から興福寺に移ったという。南都の三会(維摩会,御斎会,最勝会)の講師を勤めた(已講といった)労により,承保1(1074)年に権律師となり,のちに権大僧都に進んだ。興福寺子院の斉恩寺に住み,法勝寺金堂供僧,法隆寺別当を勤めた。寛治8(1093)年に選述した『東域伝燈目録』は,興福寺はじめ諸寺院の所蔵した仏典目録として有名である。弟子に湛秀がいる。魚肉を好んで食したといわれる。<参考文献>井上光貞『日本古代思想史の研究』
(岡野浩二)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報