永野遺跡(読み)ながのいせき

日本歴史地名大系 「永野遺跡」の解説

永野遺跡
ながのいせき

[現在地名]葉山村永野 寺元

新荘しんじよう川左岸の河成段丘上にあり、標高約九〇メートル。昭和五二年(一九七七)国道一九七号の改良工事に伴って発見されたため遺構は確認されておらず、現在は路面下に埋没。縄文時代の遺物包含地であるが、室町時代の遺物も出土

出土土器は縄文前期から後期のもので、中期初頭の船元式土器(宿毛C式土器)が最も多い。これらの土器とともに石錘・磨製石斧・叩石石鏃・石錐などが出土、量的に石錘・石鏃が多かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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