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汚い戦争 きたないせんそう Guerra sucia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

汚い戦争
きたないせんそう
Guerra sucia

1976年から 83年までの軍政下におけるアルゼンチンで,軍部や警察などが引起した大規模な人権弾圧事件。左翼テロ鎮圧の名目で逮捕され,拷問などにより殺害されたとみられる行方不明者 (デサパレシードス) の数は3万人ともいわれている。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵2015の解説

汚い戦争

アルゼンチンで1970年代の後半に軍部や警察、右翼が左翼テロ鎮圧を口実に市民を逮捕、連行し、拷問の末に虐殺した「国家によるテロ行為」と呼ばれる人権抑圧事件。多くの市民が連行されたまま行方不明者(デスアパレシードス)となった。犠牲者は、政府調査で判明しただけでも1万5000人を超す。人権団体は、実際の死者は3万人に達すると告発している。連行された人々は銃殺されたり、生きたまま飛行機から海に突き落とされた。責任を明らかにする人権裁判が、3代の軍事評議会の3軍総司令官に対して進められ、当時のビデラ大統領とマセラ海軍総司令官が終身刑を宣告されるなど5人が有罪とされた。夫や子らが行方不明となった女性たちは、真相の究明を求めるため5月広場の母たちという組織を結成。軍政下の77年に、14人の母親が政府への抗議として、首都の大統領官邸前の5月広場で無言のデモ行進を始めて以来、毎週木曜日には行方不明者の写真を胸にデモを続けている。政府は96年10月、犠牲者の遺族に賠償金の支払いを始めた。2005年4月には市民を大量に飛行機から突き落とした元海軍将校がスペイン高裁で禁固640年を宣告された。同年6月には人権抑圧の責任を不問にした2つの恩赦法に違憲判決が出された。これで虐殺に加わった軍人への訴追が可能になり、06年6月に裁判が開始された。

(伊藤千尋 朝日新聞記者 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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