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江南軍 こうなんぐん

世界大百科事典 第2版の解説

こうなんぐん【江南軍】

1281年(弘安4)の弘安の役時に東路軍(蒙古・高麗軍)とともに日本に遠征した,南宋の降兵を主体とした元軍の一派。1279年南宋を滅ぼした元にとって,降伏した旧南宋軍人の処置が緊急の課題となった。そこで元は旧南宋軍人を第2次日本遠征に利用することにし,阿剌罕(あらかん)を総司令官としたが,病気のため後に阿塔海(あたはい)がこれに代わった。范文虎(はんぶんこ)が率いる江南軍の兵員は10万人,3500艘の兵船で,はじめ6月15日以前に東路軍と壱岐で合流する予定であったが,作戦が変更され,6月18日に慶元(寧波)を出発した。

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世界大百科事典内の江南軍の言及

【東路軍】より

…1281年(弘安4)の弘安の役時に,江南軍とともに日本に遠征した元軍。蒙古人,漢人,高麗人によって構成され,4万人の軍勢のほか,梢工(しようこう)(船乗り),水手(かこ)(梶取り)1万7000人が900艘の艦船に分乗した。…

【モンゴル襲来】より

…日本軍との間で激しい戦闘が続いたのち,東路軍は壱岐に退き,日本軍はこれを追撃した。いっぽう,旧南宋人で構成された江南軍は,予定より遅れて6月18日に慶元を出発し,7月に平戸や五島列島に到着し,東路軍と合流した。その後博多,大宰府を攻略すべく7月下旬に肥前鷹島に移ったところ,7月30日夜,大風が吹いて元軍は壊滅的打撃をうけた。…

※「江南軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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