池浦喜三郎(読み)イケウラ キサブロウ

20世紀日本人名事典 「池浦喜三郎」の解説

池浦 喜三郎
イケウラ キサブロウ

昭和・平成期の実業家 元・日本興業銀行頭取。



生年
大正5(1916)年4月21日

没年
平成10(1998)年11月9日

出生地
和歌山県

出身地
東京

学歴〔年〕
東京帝国大学法学部〔昭和14年〕卒

主な受賞名〔年〕
藍綬褒章〔昭和54年〕,グランド・オフィサー・ジ・オーダー・オブ・メリト・インダストリアル章(ポルトガル)〔昭和60年〕,勲一等瑞宝章〔昭和61年〕,アギラ・アステカ勲章(メキシコ)〔昭和62年〕

経歴
昭和14年日本興業銀行に入社。39年取締役、40年常務、48年副頭取、50年頭取、59年6月会長を歴任し、平成2年取締役相談役、3年相談役、10年4月顧問。終戦後興銀再建の中心メンバーとして長期信用銀行制度の素案を作り、連合国軍総司令部(GHQ)や大蔵省と渡り合って産業金融の中核を築いた。また、日本パナマ交流協会の会長として第二パナマ運河の推進につとめ、61年6月パナマから東京駐在の名誉総領事に任命された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「池浦喜三郎」の解説

池浦喜三郎 いけうら-きさぶろう

1916-1998 昭和後期-平成時代の経営者。
大正5年4月21日生まれ。昭和14年日本興業銀行にはいる。経理・融資部門をあるき,50年頭取,59年会長,平成3年相談役。戦後,興銀再建の中心メンバーとなり,のち中山素平とならぶ興銀の顔として,業務国際化はかり,第2パナマ運河構想など各種のプロジェクトをすすめた。平成10年11月9日死去。82歳。和歌山県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「池浦喜三郎」の解説

池浦 喜三郎 (いけうら きさぶろう)

生年月日:1916年4月21日
昭和時代;平成時代の実業家。日本興業銀行頭取;日本パナマ交流協会会長
1998年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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