コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

河原城荘 かわらじょうのしょう

百科事典マイペディアの解説

河原城荘【かわらじょうのしょう】

大和国山辺(やまのべ)郡にあった荘園。現奈良県天理市川原城(かわはらじょう)町が遺称地。河原庄ともいい,もと弘福(ぐふく)寺(川原寺)領であったが,同寺が空海に与えられたことから同寺とともに東寺(教王護国寺)寺務長者の渡領となり,1399年同長者俊尊の寄進により東寺領となる。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

かわらじょうのしょう【河原城荘】

大和国山辺郡(現,奈良県天理市)の荘園。田数28町5反。最初は弘福(ぐふく)寺(川原寺)領であったが,弘福寺が空海に勅給されて以来,代々東寺長者の管掌下にあった関係で,この荘も長者渡領となっていた。1395年(応永2)に時の長者金剛乗院俊尊から,弘福寺とこの荘が将軍足利義満の重厄祈禱のために東寺に寄進された。1404年に義満の侍童御賀丸が無理にこの荘を買い取ったが,08年義満死後東寺に返還された。その後御賀丸は代官職を強請したが,東寺は幕府に訴えてこれを退け,15年には,一時年貢25貫文で番頭請となった。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

河原城荘の関連キーワード奥御賀丸豊田頼英