豊田頼英(読み)とよだ らいえい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「豊田頼英」の解説

豊田頼英 とよだ-らいえい

1403-1490 室町時代の武将
応永10年生まれ。大和(奈良県)興福寺の衆徒(しゅと)。越智(おち)氏にくみし,筒井氏やその一族の成身院光宣と抗争康正(こうしょう)元年畠山義就(よしなり)とともに筒井順永(じゅんえい)を河内(かわち)(大阪府)に追い,官符衆徒の筆頭となる。寛正(かんしょう)3年東寺領河原城荘の代官職をうけおう。晩年に権律師(ごんのりっし)となった。延徳2年8月23日死去。88歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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