河原城跡(読み)こうらじようあと

日本歴史地名大系 「河原城跡」の解説

河原城跡
こうらじようあと

[現在地名]川棚町上組郷 川良・七成寺

川棚川右岸に面して築かれた中世の城跡。標高四二・五メートル。川良城とも。築城年代は未詳ながら川棚氏または河原氏の居城であったとされ、のち大村氏の出城に組込まれたという。天文二年(一五三三)大内義隆軍勢のうち大将阿曾氏(麻生氏)の一手が当地に進攻、これに対して矢次氏を大将とする川棚中が当城に立籠り、敵を討取ったと伝える(「大村郷村記」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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