河原塚村(読み)かわらづかむら

日本歴史地名大系 「河原塚村」の解説

河原塚村
かわらづかむら

[現在地名]松戸市河原塚

国分こくぶん(河川管理上は「こくぶ」ともいう)を挟んで日暮ひぐらし村の南、同川上流の台地上に位置し、東は田中たなか新田。地内では縄文土器が出土、また河原塚古墳からも古い土器片が出土し、地名はこの「かわらけ」と古墳を表す塚に由来するという。「本土寺過去帳」の文明六年(一四七四)正月の年紀がある妙原尼(上・六日条)には「河原塚御方 永采坊妹」との記述がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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