河原田塩屋町(読み)かわはらだしおやまち

日本歴史地名大系 「河原田塩屋町」の解説

河原田塩屋町
かわはらだしおやまち

[現在地名]佐和田町河原田本かわはらだほん

河原田本町から大坂おおさか町を経て北に延びる通り。北側は東福とうふく城跡、東は中原なかはら村を経て石田いしだ村の鍛冶かじ町。鶴子つるし銀山に対する塩の供給を目的とする塩屋の集住によって成立。「佐渡風土記」によると、河原田の商人八郎右衛門が承応元年(一六五二)に塩畑製塩を始めており、年不詳の莚場むしろば(現赤泊村)から奉行所宛の訴状(富永義俊氏蔵)では、八郎右衛門は塩座を請負っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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