河曲村(読み)かまがりむら

日本歴史地名大系 「河曲村」の解説

河曲村
かまがりむら

[現在地名]五個荘町河曲

下日吉しもひよし村の東部、和田わだ山南麓にある小村。慶長三年(一五九八)七月の浅野長吉知行目録(浅野家文書)に村名がみえ、高二七〇石余。慶長高辻帳にはかまかり村とあり二八九石余(うち小物成六斗)領主変遷七里しちり村と同じ。慶応元年(一八六五)から二年は賀陽宮領。近世前期から耕地の水田化が進み、貞享三年(一六八六)検地では上田一三町五反余(二二四石余)・中田二町四反余(三四石余)・上畑一町八反余(二二石余)・中畑二反余(二石余)・屋敷四反余(五石余)(「村絵図」河曲区有)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む