河曲郡南職田(読み)かわわぐんみなみしきでん

日本歴史地名大系 「河曲郡南職田」の解説

河曲郡南職田
かわわぐんみなみしきでん

正嘉元年(一二五七)九月一三日の亀山天皇宣旨案(光明寺文書)に「応備進神税上分、勤仕駅家雑(事)割分、給主分内弐拾斛充行神宮法楽大般若経供料米、令県徳継子孫、相伝当国安西郡荒倉御園壱処、同河曲郡南職田事」と表れる。県徳継は神宮法楽・大般若経転読の供料二〇石の上納を条件に安西あんさい荒倉あらくら御園と河曲郡南職田との相伝を請い、これを許可されている。その後、文永三年(一二六六)の後嵯峨上皇院宣写(光明寺文書)によれば、円昌なる者が当職田に濫妨を企てていることが知られる。

南北朝時代以降、当職田は神宮四度の祭の官幣料所として、また大般若経転読の行われる光明こうみよう(現伊勢市)とともに重視され、足利義満により応安四年(一三七一)八月九日、次の禁制が出されている(神領考証)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android