デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河野通直」の解説
河野通直(2) こうの-みちなお
永禄(えいろく)9年生まれ。河野通宣(みちのぶ)(左京大夫)の養子となり,永禄11年伊予(いよ)(愛媛県)河野宗家をつぐ。天正(てんしょう)4年長宗我部元親(ちょうそかべ-もとちか)に降伏,領国は長宗我部氏の支配下となる。13年豊臣秀吉の四国攻めで投降し,領国をうしなう。安芸(あき)(広島県)竹原にうつされ,天正15年22歳で死去し,伊予河野氏は滅亡した。幼名は牛福丸。
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...