波有手村(読み)ぼうでむら

日本歴史地名大系 「波有手村」の解説

波有手村
ぼうでむら

[現在地名]阪南町鳥取(とつとり)・光陽台(こうようだい)一―四丁目

新(しん)村の南西にあり、北西は大阪湾に臨む。村の北部を孝子(きようし)峠越の道が通る。慶長一〇年(一六〇五)和泉国絵図に「坊手村」とみえ高七八六石余。寛永末年頃の状況を記したと推定される和泉国郷村帳では一千四一四石余。延享元年(一七四四)和泉国村高記では一千五三石余となり以降変化はない。領主の変遷は、村の大部分は新村と同じであるが、天保六年(一八三五)近江三上藩領となったとき、村高のうち四〇石余だけは幕府領のまま残り、幕府領は同一一年岸和田藩預地となり(岸和田藩志稿)、文久元年(一八六一)三上藩領となった(古家家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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