波羅密城跡(読み)はらみじようあと

日本歴史地名大系 「波羅密城跡」の解説

波羅密城跡
はらみじようあと

[現在地名]福井市原目町

原目はらめの東に連立する三峰の一つ、標高六六メートルの山頂、福井平野を一望に見渡す地にあり、山頂の平坦地に南南西より北北東にかけて幅約五・五メートル、深さ約三・三メートルの二条の空堀(切通し、馬返し)が遺存する(東藤島村史)

「越前国城蹟考」に「藤島郷原目村ヨリ六町許東、山上ニ弐十間四方計堀形有」とあり、北朝方斯波高経の構営した足羽あすわ七城の一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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