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洞院実雄 とういん さねお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

洞院実雄 とういん-さねお

1217-1273 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
建保(けんぽ)5年生まれ。西園寺公経(さいおんじ-きんつね)の子。母は平親宗(ちかむね)の娘。洞院家の祖。従一位,左大臣。3人の娘佶子(きつし)(京極院)は亀山天皇の中宮(ちゅうぐう)で世仁(よひと)親王(後宇多天皇)を,愔子(いんし)(玄輝門院)は後深草院の妃で煕仁親王(伏見天皇)を,季子(きし)(顕親門院)は伏見天皇の妃で富仁親王(花園天皇)を生み,その勢力は一時嫡家の西園寺家をしのいだ。山階左大臣と称された。文永10年8月16日死去。57歳。法名は浄覚または経学。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の洞院実雄の言及

【洞院家】より

…藤原氏北家閑院流の西園寺公経の男左大臣実雄(1217‐74)を始祖とする堂上公家。実雄の女のうち,佶子は亀山天皇の皇后として後宇多天皇を生んで京極院の院号を受け,愔子は後深草天皇の後宮に入って伏見天皇を生み玄輝門院の院号を受け,季子も伏見天皇の後宮に入って花園天皇を生み顕親門院の院号を受けるなど,大覚寺・持明院両皇統の国母を出したため,実雄をはじめ歴代が大臣に任ぜられる家柄となり,また実雄の男公雄が小倉家を,2代公守の男実明が正親町(おおぎまち)家を起こすなど庶流も分立し,家に多くの典籍を蓄え,博識の人も多く出た。…

※「洞院実雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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