コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

顕親門院 けんしんもんいん

1件 の用語解説(顕親門院の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

顕親門院 けんしんもんいん

1265-1336 鎌倉-南北朝時代,花園天皇の母。
文永2年生まれ。洞院実雄(とういん-さねお)の娘。伏見天皇の後宮にはいり,花園天皇,寛性入道親王らを生む。正中(しょうちゅう)3年(1326)准三宮(じゅさんぐう)となり,院号をうけた。建武(けんむ)3=延元元年2月13日死去。72歳。名は藤原季子

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の顕親門院の言及

【洞院家】より

…藤原氏北家閑院流の西園寺公経の男左大臣実雄(1217‐74)を始祖とする堂上公家。実雄の女のうち,佶子は亀山天皇の皇后として後宇多天皇を生んで京極院の院号を受け,愔子は後深草天皇の後宮に入って伏見天皇を生み玄輝門院の院号を受け,季子も伏見天皇の後宮に入って花園天皇を生み顕親門院の院号を受けるなど,大覚寺・持明院両皇統の国母を出したため,実雄をはじめ歴代が大臣に任ぜられる家柄となり,また実雄の男公雄が小倉家を,2代公守の男実明が正親町(おおぎまち)家を起こすなど庶流も分立し,家に多くの典籍を蓄え,博識の人も多く出た。中でも4代公賢(きんかた)は学殖もあり,《皇代暦》《歴代最要鈔》などの著作があり,《拾芥抄》もその著作といわれ,また南北朝初期の重要資料である日記《園太暦》の記主で,北朝の重鎮であった。…

※「顕親門院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

顕親門院の関連キーワード大覚寺統南北朝時代北朝延元向阿伊賀兼長包貞近衛局章徳門院船田経政

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone