津木八幡神社(読み)つぎはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「津木八幡神社」の解説

津木八幡神社
つぎはちまんじんじや

[現在地名]広川町前田

露谷つゆだにの北西部、日高ひだか往還の傍らの小高い山林の中にある。祭神誉田別ほんだわけ命ほか。旧村社。近世には前田まえだ河瀬ごのせ井関いせき殿との金屋かなや(現広川町)氏神本山もとやま八幡と称してひろ八幡神社の旧地という説(続風土記)、神功皇后が朝鮮出兵からの帰途宇佐八幡を勧請したとする説(当社縁起)衣奈えな八幡社(現和歌山県由良町)より勧請したとする説がある。安永九年(一七八〇)一渓子なる人物が書写した棟札写が、河瀬の鹿瀬家に伝えられている。そのうち最も古いのは嘉元二年(一三〇四)三月九日付で、「本社八幡宮棟上 大願主散位藤原朝臣」とあり、文明七年(一四七五)正月二五日付のものには「大願主(紀)氏朝臣」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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