津雲田村(読み)つくもだむら

日本歴史地名大系 「津雲田村」の解説

津雲田村
つくもだむら

[現在地名]岩室村津雲田

北流する西にし川右岸にあり、西ははら村、北東富岡とみおか村。承応(一六五二―五五)原村の長左衛門らによって開発され、長左衛門ちようざえもん新田とよばれたらしい。万治二年(一六五九)の年貢割付状(神保家文書)に「江浦草田村」とみえる。割地制がとられており、延宝五年(一六七七)の地割帳(同文書)によれば二三軒前が二二人の百姓に分けられていた。元禄七年(一六九四)三根山領牧野氏の検地を受けている(「田畑検地帳」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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